読むのも書くのも暇な人

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夢の変化

 

 ほぼ1年ぶりに”卒業できない夢”を見た。これまでずっと、ストレスがたまると見る夢の定番だった。1年も見ていなかったんだということに驚く。

 

moderusangakoronda.hatenablog.com

 

 現実のわたしは40代2児の母だけれど、夢のわたしはまだあの女子寮で生活している。優しかった同室の先輩が、突然わたしの机の前に棚を設置すると言い出したり、わたしの机を見知らぬお店の軒先に置くよう強要してくる。心の中で「嫌だなあ、なんでこんなことをしなければいけないんだろう」と思う。

 

 平日になると同室の先輩たちは授業に行く。きちんと勉強して充実している様子だ。わたしも行こうと思うのだけれど、眠くて眠くてもういつからちゃんと出席できていないのかすらわからない。寮の部屋からすら出れなくて、寝てばかり。単位だってもちろん取れていなくて、このままでは進級も卒業もできない。留年したかったけれど、そんなお金があるはずもなく、親が烈火のごとく怒るだろうと怯えている。

 

 でも、こんな状況はよくない。授業に出れないくらい体調が悪いのに、むりやり大学にいないといけないなんてばかげている。大学なんて卒業できなくてもいい、中退したっていい。そう思ったら少しだけ力が出て、とにかく誰かに相談しよう、学生生活課に行ってみようと思ったところで目が覚めた。

 

 わたしはいつも心に「見捨てられ不安」を抱えている。同室の先輩たちは本当に優しくてわたしをかわいがってくれて、意地悪なんかされたことは一回もなかった。それなのに、不適切な養育環境で育ってきたので「いつか突き放されるんじゃないか」「それだったら早くその時が来てほしい」と思っていた。むしろ、ネガテイブな態度を取ってくる人の方が裏表がなくて誠実だ!と思い込んでいた時期もあった。なんて歪んだ心だろう。

 

 それにしても、夢の中で「大学なんて無理して出なくていい」と思えたことはすごいことだ。わたしの実際の大学生活も、実家からやっと脱出できて燃え尽きたのか、ほとんどの時間を鬱々として寝て過ごして、最低限の単位だけ取り、なんとか就職の内定を取って終わった。後半の2年間は記憶がほとんどない。ただただ、経済面だけでも親から自立して距離を取りたかった。そうするには4年で卒業して安定した企業に入らなければならない。幼い頃から両親からも進学に関しては重いプレッシャーをかけられて、「それなりの大学を出なければ自分は生きる資格がない」と思っていた。

 

 結果的に卒業して今があるけれど、それでも、あそこで大学を休むなり辞めるなりして自分の治癒のための時間を取って、あらためてスタートを切ってもよかったなと今なら思える。わたしにとって、わたしのあの人生を生きるのはとても大変だった。20年以上経ってやっと、自分を労うことができた。