もでるさんがころんだ

毎日更新予定。考えていること、読んだもの、5と4と1のこと。

原宿橋

 

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 1が初めて美容室で髪を切った。お昼を食べてからうろうろしていたら、偶然見つけた橋の跡。20代半ば、いっしょにバンドをやっていたHちゃんが渋谷川のことを教えてくれたっけ。こんな都会の地面の下には川が流れているんだ、とびっくりした。Hちゃん元気かな。お互い立派な中年だね。

爆買い

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 御茶ノ水で両手が千切れそうになるくらい本を買った。表紙にひかれて左上の写真集『Cult of Boys』を買ったのだけれど、突然ベン・ウィショーがいっぱい出てきてうれしかった。Toyin Ibidapoというナイジェリアにルーツを持つイギリス人写真家の作品。モデルになった人たちが彼女の部屋でくつろいでいる写真が多く、紹介文どおりインティメートな雰囲気はあるのだけれど、彼女のまなざしは個人的な関心と言うより、宗教画とか彫刻の美しさを彼らの中に発見するような感じ。中に書いてある文章をじっくり読めてないからまだ断言はできないのだけれど。

 

 ご本人も素敵。

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目が蛇口

 クィア短編小説集を読み終わった。

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  不思議な後味で印象に残る話が多く、たまに思い出しては余韻を楽しんでいる。『白鯨』(読んだことないけど)で有名なハーマン・メルヴィルの『わしとわが煙突』がじわじわ笑える。

 

 それで、一緒に買ったこちらを読んでいるのだけれど、目が蛇口になったかのようにどれを読んでも涙が出てきてしまう。出てくる人たちがみんな、不器用で寂しくてけなげで強靭で。

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 読み終わったらこちらを読む予定。

 

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 近所の本屋さんだったのでちょっと勇気なくて買えなかったけどこういうのもあります。

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マインドフルネス

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 マインドフルネスを習った。「あんなに流行ったことを今さらやるのか」とか「人がやっていることをやってどうする」とか、脳内の意地悪な自分がせせら笑ったりチクチク嫌味を言ってくるけど、無視する。たくさんの人がやるということは、なにかしらの効果があるはずだ。やるしかない。

 

 呼吸に意識を向けながら心と体の「今」を観察するということらしいのだけれど、ヨガや坐禅に似ているなと思った。

 

 試しに家に一人になったとき、掃除をしながらやってみた。首の右側と、右手右腕が凝っていて痛い(前日たくさん手書きで字を書いた)。目が疲れている。胃もたれして鼻炎気味(明らかな食べすぎ!)。ああ、疲れてるな~と思った瞬間、心の奥から「おひる食べたら、昼寝したい!!!」という叫びが聞こえてきた。

 

 そうね~昼寝したいのはやまやまなんだけど、子どもの用事があって無理だわごめんね~今日ちょっと早く寝ようかね。とつぶやいてみた。すると、「まあしょうがないな」という感じで胃のあたりがスッとなり、腸がぐるぐる働き出して、便秘が解消された(びろうな話で恐縮です)。

 

 嫌な記憶がよみがえってしまって胃のあたりが不快になったとき、自分にとてもやさしくしてくれた人の笑顔を思い出すと治るということを最近教えてもらったのだけれど、胃腸ってもしかして、臓器の中でもっとも感情と直結しているところなのかなと思う。

 

 そしてまた別の日、電車での移動中に試してみる。座れたので目をつぶって、足先から観察してみる。寒くて足先が冷えている。ちょっと運動したから下半身が筋肉痛気味。姿勢がいい方が楽だな。年末年始に体重があまり増えなくてよかった。年末のあれ、本当は悲しかったな。今日はあそこの本屋さんに行きたいな。などなど。体の観察が終わったところで、ポロっと本音みたいなのが出てくる。おお、これが「自分の本当の気持ち」ってやつですか?と新鮮な発見。

 

 電車の中もインターネットの中も情報が多すぎるので、その中で「欲しい」「やりたい」と思うものは単なる刺激に対する反射なのかもしれない。一回そういうものを遮断して、自分と静かに話をして必要なものを聴くというのは、なかなかいい方法だと思う。

 

 写真は、マインドフルネス後に入ったタイ料理のランチ。おいしくて満足。

割りこみ客

 なじみの小さなお店で接客してもらっていたら、見知らぬ老人がぐいっと背後に入りこんできた。振りむくと頬ずりしてしまいそうな距離だ。こういうタイプの人はスペースを空けるとさらに侵入してくるので「おえ〜」と思いつつ気にしないようにしていた。気短なご年配と狭い店が多い街だから諦めているが、他人に意味もなく密着されるのがこのご時世本当に辛い。

 

 その老人は、わたしたちの会話を完全に無視し、「いつもやっているのか」と聞いてくる。店主もさるもので、聞こえないふりをしてわたしへの接客を続行してくれる。

 

 老人が再度何かをモゴモゴと尋ねると店主は「えっ、まさか私に話しかけているんですか?」というような返事をしてから、まったくやる気のないトーンで「何曜日はやってますけどもう終わりです」(全然終わりじゃない)と応じた。そしてまた何事もなかったかのように、愛想よくわたしへの接客へと戻る。さすがに諦めたのかその無礼な老人は去って行った。

 

 これまで、この店主に対して「知っている人と知らない人に対して全然態度が違うな〜」と思っていた。人見知りなのかなとも思っていた。そうじゃない。初対面なのに挨拶をしない人、割り込んでくる人や待てない人にものすごく冷たいのだ。話しかけられても気の無い返事をするし、しつこくされても売らない。

 

 商売だから愛想を振りまいておけば買ってくれるんじゃないか、とか、老人に冷たくしたらかわいそうかな、とか、わたしなら思ってしまうのだけれど、違うんだ。子どもだろうと老人だろうと、最低限のルールが守れない人は気持ちよく買い物できないし、そんな人に常連になってもらっても困るからなんだ。そんな人にヘラヘラしなくても、ちゃんと挨拶してやりとりできるお客さんがいるから、食べていけますよってプライドがあるんだな。

 

 人間、つい年長の人、わがままな人を先にしてしまいがちだけど(だって面倒だから)、目の前にいたわたしを優先してくれて素直に嬉しかった。この人の境界ってこういうふうに引くんだな、と勉強になった。また買い物に行くのが楽しみだ。

 

方向転換

 毎月ショートショートを投稿することを自分に課していたけれど、疲れてきた。2020年は年始に”書くことに戻る”と固く誓いつつも前半まったく書けなくて、6月から書けるようになったので、今年も気温が上がるまではしばらく休もうかな〜と考えていた。

 

 今日もずっとシャワーに打たれていて(この状態でお話を考えると浮かぶ)、もう、勉強とかじゃなくて、好きなことを書きたいなと思った。大好きな映画が一つあって、それの流れをガイドラインに、登場人物は。。。と考えたらなんとなく浮かんできて動いていく感じがした。その人たちが住んでいるマンションとかも設定できたので、いけるかもしれない。わからない。とにかく女がいっぱい出てくる話。

 

 何を書いていいかわからず、それでも何か書いてみたいから短編やショートショートを、と思って練習してきたけれど、難しいし的外れなことばかり書いてしまうし、もっと根本的な勉強からしないといかんと、添削をじっくり読み込んで、推薦された本を読んで。。。と思っていたがそうするとまた書けなくなってしまうだろうなという感じがした。

 

 もし、まとまったボリュームで書きたいものが書けそうなら、とりあえず短編の練習は置いて置いていいのかもしれない。年度末までにまとまったら公募に出してみよ〜っと。