読むのも書くのも暇な人

考えていることや読んだものについて書いていきます。

思考実験

 カズオ・イシグロの新作「クララをお日さま」を読んだ。厳しい格差が存在する未来で、人間の子どもに寄り添って成長を助ける人工知能のロボット、クララが主人公の物語だ。

 

 クララには臭覚や痛覚、感情がないのだけれど、愛という概念を必死に理解しようとして成長する。それがあまりにも健気で、どんどん感情移入してしまう。

 

 物語が進むにつれ、クララが子どもの親友としてではなく、病弱な少女ジョジーの身代わりになるために家に迎え入れられたとわかる。これがすごく考えさせられた。

 

 例えば、私の母が死んだら。分かり合えないまま終わりを迎えたら。「本心」の主人公のように人口知能を備えたヴァーチャル・フィギュアを購入してまで話したいとは思わない。彼女のことが好きとか嫌いとかは関係なく、何か尊厳を傷つけるような気がするからだ。

 

 だけど、自分の子どもだったら? 何もしなければ喪ってしまうとしたら? みんなもそうしていたら? すでに一人、子どもに先立たれてしまって、もう一人の命も危いとしたら? わからない。正しい選択をできるか、全く自信はない。

 

 2021年3月6日の日経新聞の文化欄で、カズオ・イシグロ氏が本作についてのインタビューに答えている。不平等な状況はどんどん大きくなり、危険なことだと危惧していてる。世の中に警鐘を鳴らすなら、新聞に論説を書いたり、ドキュメンタリー番組に出演したりする方がより効果的だけれど、でも、自分は小説家だから、小説を通じて読者が思考や感情の実験をする場を提供したい、と。

 

 

www.nikkei.com

 

 長い間、この心の中のもやもやした思いは、研究してつきつめるべきなのか、評論で表現するのか迷いがあったのだけれど、やっぱり私も、小説を読むことで思考や感情の実験がしたいと思うし、自分がそれを提供する立場になれるのなら、こんなに光栄なことはないと思う。