保育園のお迎えから戻って郵便ポストを開けると、宅配便の不在票が入っていた。
舌打ちしたい気持ちを抑え、手の甲でひたいの汗を拭う。「お外で遊ぶ」と騒ぐ2歳児を玄関に入れ、黄昏泣きの始まった0歳児を抱っこ紐ごと揺らしながら、三和土に立ったまま電話をかけた。
「はい、クジラ便です」
ドライバーが出た。名前と住所を伝え、今日の20〜21時で再配達を頼みたい、と告げる。すると、ドライバーが笑いを噛み殺すような音をたてて言った。
「その時間までいないんですかぁ? 18時〜20時とかはダメですかねえ?」
驚きで呼吸が止まった。2歳児が足元でグズっている。わたしは語気を強めた。
「20時〜21時でないと、確実に受け取れないんです。必ずお願いしますね!」
胸の中が不信感でいっぱいになった。通話を切り、のろのろと靴を脱いだ。
不在配達の手配だけでこんなにエネルギーを削られる日が来るとは思わなかった。
上の子が1歳になり、やっと社会復帰できると思った矢先に二人目を妊娠した。
キャリアが途絶えるのが恐ろしく、下の子が生後半年にならないうちに保育園に入れた。しかし、0歳児クラスは感染症の温床で、行っては休みの繰り返しだ。産前は使うことがなかった有休も、底が見えてきた。
「かゆい、かゆいよぉ〜」
2歳児が汗ばんだ首のあたりをかきむしり出した。
梅雨の湿気でアトピーが悪化している。薬をもらいに行かなければならないが、町内に一つしかない小児科医は癖が強く、予約を入れると思うだけで憂鬱になる。
「みんなでお風呂に入ろうね。今日は特別に、中でアイス食べていいよ」
本当は自分が食べたいだけなのだけれど。
我ながら恩着せがましいと思いながら、子どもたちの服を脱がす。0歳児はパックのジュースだが、いつもと違う感じが嬉しそうだ。
湯船に入っている時くらいしか、子どもたちの顔をじっくり見る余裕がない。
当たり前だけれど今日も二人とも同じ顔だ。でも、ものすごいスピードで成長しているから、昨日と今日ではミリ単位で顔が違うのだろう。
今までの人生、毎日こんなに間近で顔を見ることを許してくれた人がいただろうか。
二歳児がもう出る、と暴れるので、無理やり押さえつけて頭を洗う。0歳児が這いつくばって泡を食べようとするのを足で阻止する。
今、わたしの心臓が止まったらこの子たちはどうなってしまうんだろう、とこの体勢を取るたびに思う。
「ピンポーン」
インターフォンの鳴る音がした。風呂のデジタル時計を見ると、19:38と表示されていた。嫌な予感がして、目をぎゅっとつぶった。
リビングにあるインターフォンの録画を見ると、19時38分に宅配業者が来ていた。再配達の荷物は、また持ち帰られてしまった。
「20時過ぎじゃないと出れないって、言ったのに」
わたしのいらだった声に怯えた2歳児が、駆けよってくる。
「まま、どぉしたの〜。怒るのだめ〜」
いけない。いつも感情むき出しで、子どもの脳を傷つけているかもしれない。インターネットの記事が頭をよぎり、胸が痛む。
夫が早く帰ってきてくれたら、子育てを手伝ってくれる母がいるのなら、わたしはいつも笑顔のママでいられるんだろうか。
「宅配便、20時から21時の間に来てくれるって言ってたからね。待ってようね」
自分に言い聞かせるようにして、夕食の準備に頭を切りかえる。
今日もクタクタなので、ほとんどが冷凍とレトルト食品だ。
0歳児に嫉妬している2歳児が、自分で食べることを拒否している。アニメ番組をつけっぱなしにして、スプーンを2歳児の口に運ぶ。床に転がっている0歳児は、一人で楽しそうにパンをしゃぶっている。
汚れた皿をシンクに入れ、歯磨きをさせてから自分も雑にやり、布団になだれこむとあと少しも体力が残っていないのがわかった。
2歳児はぐずぐず泣き、0歳児はうとうとして限界は近そうだ。
そのまま目をつぶりたかったけれど、スマホをつかんで時間を確認した。
ーーー21:15
眉間にくっきりと深い皺が寄っているのが、鏡を見なくてもわかる。乱暴に起きあがると、寝室から出た。2歳児の泣き声が激しくなった。構わずドライバーの番号を押し、相手の応答を待たずに聞く。
「再配達、まだですか? ずっと待っているんですが」
「さっき行ったらいなかったんで、注文主のご主人様に電話したところ、明日でもよいとのことでしたぁ〜」
「そんな・・・勝手に・・・」
怒りで目の前がどす黒くなった。2歳児の声は泣きすぎて割れている。
宅配の品は、朝の慌ただしい時間、夫が代わりにネット注文したものだった。わたしたちはもう寝る時間だから、気を使ってくれたのかもしれない。でも。
「もう、ずっと待っているんです。早く来てください」
「はあ・・・。あのぉ、この荷物、今日、どうしても必要なものなんですかね?」
今日どうしても必要なものかどうか。そう言われると、確かにそうではないかもしれない。
でも、必要かどうかは、わたしが決めたい。夫でも、ドライバーでもなく。
わたしは、胸いっぱいに息を吸いこんだ。ずっと抑えていた怒声を上げるために。